イタリアで働く
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その講座は、これまでにも何度かこのブログで書いてきたが、Tecnico addetto alle procedure urbanistiche edilizie professionali con autocadというタイトルの講座。大学では習わない、実際の建築・都市計画実務およびオートキャド演習というものだった。
「仕事のない・若い・建築学科・卒業生」を主に対象にしている。
実際は、40歳以上の工学部卒業生だったり、高専卒生だったり、情報系専門学校卒業生だったりで、年齢は18から42歳、外人3人を含む計13人だった。

朝9時にメストレ郊外近くに着くためには、毎朝6時半に起きなければならなかった。夕方6時までびっちり授業を受け、自宅に戻るのが夜の8時前。だらだら過ごしたヴェネツィアでの2年間でなまった身体が、もつか心配だったが、なんとかなるものだ。またこれまで授業と言えば、船を漕ぐ(ぐっすり眠る)ばかりのわたしだったが、この講座ではほとんど寝たことがない。授業には、ついていけないことも多々あり、イライラしてしまうこともあった。また、なんちゅう法律なんだ?と理解出来ないこともあった。
昼は、おいしいランチがメンサで食べれて(無料)、昼休みはネットを眺める。なかなか防御の固い私は、講座のみんなと仲良く休み時間を過ごすことはあまりなかったが、それでも今でも連絡を取りあえる、いわゆる「同士」の関係になれたことは、素直にうれしい。

マリオの授業に、例の知り合い(音楽学院でフルートを教えている)が、「音楽と建築のコラボ」を披露しにきたりもした。2泊3日でピエモンテ州にバスツアーにも行った。

数年前にオートキャドを3ヶ月ほど使いまくったことはあったが、その後触らずじまいですっかり忘れてしまい、履歴書にも書けない程だったが、この講座で2D(二次元)はおろか、3D(三次元)までも習得してしまった。これは本当におおきな収穫だった。

そんなこんなで規定の480時間の授業を終え、それぞれが住む近くにて実務を320時間経験するべく研修(スタージュ)先が発表された。

まさに、In Bocca al Lupo!!! で各々が旅だって行ったのだった。(←大袈裟〜)
[ 2009-01-06 (Tue) 18:36 ]  
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その年の暮れ、ヴェネツィアを歩いていた時、広場で知り合いとすれ違った。
彼とは、知り合うきっかけも偶然だった。友達がたまたま出会った人の家に呼ばれたから、と私も付いていった。するとそこは、来月から私の賃貸が決まったアパートで、その上階に住んでいたのがその彼だったのだ。だからといってそのアパートに住み始めてからも、もっと親密になったかというと、そう接点もなかった。
狭いヴェネツィアで知り合いとすれ違うことは、そう難しくはないのだが、しかしこの時は、お互いの情報授受が一致した、わたしにとってはラッキーな出会いだった。

開口一番、「まだ仕事探しているの?」だったのだ。
聞いてみると、仕事ではないが、彼の友達マリオが授業をもつある講座が建築学科卒業者を探しているから応募してみたらいい、奨学金も出る講座だ、と。

???な状況ではあったが、連絡先をもらい、その友達マリオに電話する。
すると、また別の連絡先をもらい、電話をする。マリオの知り合いなんだけど、と教えられたように話すと、面接に来てくれという。メストレのガゼッティーノ新聞社が建つ寂れた地区に面接に行ったのは、クリスマス間近の寒々しいどんよりとした日だった。

ビルの一室が事務所で、必要書類だった履歴書、卒業証明書等を渡し、いくつかの書類を記入していく。最終的に、12人の生徒に出席時間分に応じた奨学金が支払われるが、最後にはテストもあるからね、と言われた。
「えぇっ?頑張って講座に出ても、最終的にテストで12人以外にはじかれたら奨学金がもらえないって、イタリア人の中でめっちゃ不利、、、」と初期の頃は落ち込んでいたものだ。
結局そういうシステムではなく、FSE: Fondo Sociale Europeo (EU基金?)が出資する講座で、決められた時間以上の出席と相当ひどくなければ奨学金は授与される、というものだった。

年明け2月にその講座が始まる。
授業が480時間、スタージュ見習い研修が320時間の計800時間。
[ 2009-01-06 (Tue) 14:19 ]  
   Category:就職活動
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時は過ぎ、日本に戻ることは封印して、ヴェネツィアからパドヴァに引っ越した2005年の秋。
見知らぬ土地で生活を始め、家に籠ってパドヴァでの事務所探しをしていた頃、知り合いから、ミラノの磯崎事務所で早急に人を探している、と連絡をもらった。恐れ多い、と思いながらも電話して、日本人スタッフに面接日を設定して頂く。

あ〜ミラノで暮らすことになるのかなぁ、と勝手に楽観的妄想を膨らませながら、面接に臨んだ。

ミラノのドゥオモ近くの事務所にて、イタリア人Capoと日本人スタッフに、ポートフォリオを見せながら面接。彼らの今後の仕事、そして何を求められているかについても話を聞く。
チェントロにあるフィエラ跡地の再開発のプロジェクト。そこでイタリアの建設会社と日本の構造設計者との間に入って、要望を伝え合うというかなり責任のある役割を求められたのであった。しかも、構造設計は、私が元働いていた会社になる予定だと言う。

後日、不採用の返事。
毎度のことであるが、言葉がやはり足りないから、とのことだった。今回、構造設計者との縁があったということはすごくバンタッジョ(利点)だったんですが、残念ながら、、、また、次回話せるようになった時に縁がありましたら、、、と結ばれていた。

今回はしかし、上記の流れ以外にも感じた「言葉だけではない、まだ欠けている知識がある」と認識させられた、いい機会でもあったと思う。
[ 2009-01-06 (Tue) 13:03 ]  
   Category:就職活動
結局、正月休み最終日となってしまった。
1週間も予想通り、あっという間。
かなりの時間、家でパソコンに向かっていたのだけど、、、

さて、誰かの参考になればと、自己満足でこの「イタ活」物語を進めていく。

***

1つめのメストレの設計事務所面接後、7月にも面接のお知らせが届く。
その間、イタリア残留への心残りと裏腹に10月には日本に戻ろうと決め、日本語での履歴書も作り、条件に合いそうな地元での求人募集にも履歴書を送ったりしていた。
ところが、これもありがちというか、現在の彼氏と出会ってしまい、とりあえずイタリアでの就職活動も中止はせずに続けることにしたのだった。

さて、7月の面接は、Venezia〜Treviso間の幹線道路沿いにあるデザイン・設計事務所。事務所もおしゃれで規模も大きい。
事務所の話を聞くと、建築は活動が活発ではなく、デザインが主。以前、パソコンのできる日本人がオペレータとして働いていたこともある、と言っていた。だから、日本的な感覚を持った、できればパソコンの得意なデザイナーを求めているのか、と感じ、建築希望の私じゃないな、と、恐らくお互いが感じたに違いない。結局やはり、その後も連絡はなかったが、半年ほどたった後にももう一度面接のお呼びが掛かった。同じことの繰り返しだったが、幅広く人材を求めようとする積極的な姿勢が見れる、いい会社だなと思う。

デザイン設計事務所HP http://www.hangar.it/ (←音が出ます)

参考までにメストレの事務所HP http://www.studiodeeccher.it/

やっぱり仕事を見つけるのは難しい、、、やっぱりコネも必要なのかなぁ、とふとヴィチェンツァの友達を思い浮かべる。彼の親友のおじさんがヴィチェンツァで大きな事務所を開いている、と聞いていたからだ。面接前に、話を通してもらえるだけでも、いいんだけど、と早速彼に相談すると、顔が陰った。
「ちょっと複雑かも。。。兄弟3人のうち2人で事務所を開いているが、兄弟の残りの1人が、その親友の父親で、実は既に離婚して、親友は母親と暮らしている。その上、昔、おじさんの誕生パーティに招待されていたのに、断ってから関係が気まずいんだ」、、、と。

なるほど。そりゃ、バンタッジョ(利点)にはならんな、、、と、コネの道はあっさりと断たれた。
なので、とにかく履歴書をメールし、面接を求めた。
実は随分前に一度送ってはいたものの、連絡はなく、ひつこく2度目の送付をしたところ、面接の返事がきた。

ヴィチェンツァのチェントロにあるその事務所は、入り口からはあまりわからないが、川に面したガラス張りの空間がなかなか素敵だ。模型が並ぶギャラリーを眺めつつ、兄弟のうちの弟に案内されて、兄の社長室に入る。

「実は、一人欠員があり、緊急に人材を求めている。仕事は、CapoGruppoグループ長だ。できるか?君は、いくら給料が欲しいんだ?」と、オーラのある(?)人独特のペースで話が進む。「いくら欲しい?」と聞かれても、予定もしていなかった質問に戸惑う。すると速攻で秘書に内線を入れる。「辞めた彼には、一ヶ月いくら払ってた?」しばらく間を置いて返事が返ってきた。
「3000ユーロ、だと。いくら欲しい、君は?」と聞かれる。
それ以前にいきなりCapoGruppoじゃない採用もないのか、と言えれば良かったものの、一度考えさせてください、ということで面接を終了した。

その後弟に連れられ作業室を案内してもらう。静かに多くのスタッフが働いていた。
最後に別れる際に、「あなた達の姪っ子と知り合いなんです」と伝えると、「あ〜彼女と!あ、そう。」とシンプルな反応。兄になぞ言ったら、それどころではなかったかも。

その後、事務所の近くで働く友人に報告する。
彼からはいろいろと情報を仕入れたものだ。
社長であるこの兄は交友関係も広く、世界中に知り合いが多い(特に男子系)。アメリカのマドンナ宅にも関わったり、派手な世界にいる。建築士の資格はなく、弟の肩書きで設計事務所を開設している。親友である彼らの姪っ子も、その派手な誕生パーティに辟易していて、ある年断ったところ、怒りを買ってしまった、等々。。。

しかしそれに見合う大物っぷりだったと思う。
後日、今回はやはり言葉の面もあり、採用を見合わせたい、、、という丁寧な返事が弟から届いた。

ヴィチェンツァの事務所HP http://www.flavioalbanese.com/
[ 2009-01-06 (Tue) 11:46 ]  
   Category:就職活動
capodanno

友人と新年を迎えるという、イタリア典型の大晦日を過ごす。
深夜に降り出した雪は止むこともなく、12時前に外に出て子供のように花火・爆竹に火をつけて楽しむ(近所迷惑)間も降り続けた。
季節等の節々を感じ得難いイタリアにて、区切りを感じるには、素敵な演出だった。

capodanno
真夜中2時過ぎ、帰宅ラッシュ&雪で、主要道路は渋滞。
時速20kmで走る車を見て、うぁ〜イタリア人でも安全を考えてこんなにゆっくり走れるんだ!と感心。見たところ、緩やかな坂道で1件の接触事故があっただけで、混乱はなかった。すばらしい。

AUGURI DI FELICE ANNO NUOVO 2009!!!
[ 2009-01-06 (Tue) 10:42 ]  
   Category:日々の生活
言い訳だが、イタリア語のコルソを始めてから、時間があっという間に飛んでいく。コルソなぞ週に2日しかないのに、予習復習などをやっているわけでもないのに、だ。

さてこの約2ヶ月の間、特に大きな変化はなく過ごせている。
しかし工務店倒産の話は、ぼちぼち入ってきた。
もちろん払い渋りも引き続きある。
そんな景気のよろしくない状況ではあるが、とりあえず私はなんとか仕事を続けることができている。Tredicesimo(13ヶ月目の給料=ボーナス)も、現状を考え遠慮したが、決まりだから受け取りなさい、ということで、有り難く頂くことになるだろう。
事務所の彼らには本当に感謝だ。

12/24-28をクリスマス休暇、12/31-1/6が正月休暇(そういうものは存在しないが)、と、ようやく自分のゆっくりした時間をもてそうな気配がしたところでこのブログを書いているわけだが、時間がVolaする(飛んでいく)ことには変わりなく、休暇後の日々の仕事ブログを書いていくことはできないだろうと、予測する。

今のところどこ行く当てもないこの休暇中に、少なくともブログのカテゴリー「就職活動」を完成させることを目標にして、その後は、Vediamo... ということで。
[ 2008-12-21 (Sun) 18:42 ]  
   Category:日々の生活
家にある、イタリア製の折りたたみ傘は、ワンタッチで開く!というのが、彼氏のお気に入りだ。機械ロボットみたいでかっこいいし、すごいだろ、って感じ。

日本でワンタッチオープンの傘がはやったのは、ずいぶん昔、私が小学生の頃か。便利が大好きな日本でも、折り畳み傘のワンタッチ、は、そう流行らなかったのではないか。それよりもあったかしら?

なにしろこの代物は重い。
その上、初めて使う人間にとっては使い勝手が悪い。私から言えば、殺人"器"とも思えてしまう。

昨日も土砂降りの中、その傘と格闘した。
そして傘の骨があまりにもSPIGOLO鋭すぎて、格闘する間に、指を3箇所切って血が滴り落ちた。この傘、下手すると、指がざっくりと切れてしまうのではないだろうか。危険だと思う。

しかし、ホント、雑貨等の「物」が、遅れている&人に優しくないモノが多い、イタリア。
[ 2008-10-29 (Wed) 18:49 ]  
   Category:日々の生活
このご時世だから、というわけではないが、事務所での週一の仕事として、公共の仕事にありつくために各コムーネの募集を探し、履歴書等を送る、ということをするようにしている。

これは外人にとっても、就職の可能性に繋がると思う。

各コムーネのBandi とか Concorsi に新しい募集要項がまれに出ることがある。もしかしたら、土木・建築関係が主かもしれないが。

仕事(ただし公務員)を探している人、これもひとつの手、でしょう。
[ 2008-10-28 (Tue) 23:52 ]  
   Category:日々のお仕事
火をつけたのは、先週の金曜日のコラムだった。
いつもは、愛読新聞il Padovaの読者のコメント欄等、相当暇な時にしか読まないが、たまたま目を通し、なんとなく嫌な気分になったのだ。
決定的な文句が書かれていたわけではない。とにかく外人Stranieriが多い、問題を起こす等を延々と訴えていた。Xenofobia外人嫌いとも書かれていたから、彼女はそういう病気なのだろう、と流すこともできた。

しかし私の意見はこうだ。
移民が事件を起こすのは、その国のモラルが低いからだ、と。
日本でもそういう事件は起こる。しかし、それはモラルが低いから起こされるものではない。一方、イタリアでは、日々の小さなことから、大きな事件まで、イタリア国民がしていることは許される、と外人の目には映り、それを真似て(それを見て安心して)大小の問題が引き起こされる、と日々暮らして私は感じるのだ。

だから、このコメントを見て、外人とひとくくりにされることよりも、外人が、外人が、といつも外人のせいにするしか能がないことにカチッと来て、日頃思うことを、勢い余って私もコメントを送ってみた。

そして、数日後。

il padova

本日採用。読みながら汗が噴出した。
しかも編集者が結構手を入れてる!
こんなタイトル書いてないし。Calende grecheという言い回しが、外人に使えるわけがないし。
とにかく自分の意見が100%表せたわけではないが、この文を読んだイタリア人が、少しでも我がを振り返ることができるのなら、ちょっとはうれしい。

「私の送った」要旨:
外人のことを話し合う前に、あなた達の振る舞いを振り返らなきゃいけないのではないでしょうか。私の国では、「子供は親を見て育つ」と言いますが、私たち外人もイタリア人からいろいろと学びます。しかし残念ながら躾がなっていないことが多いように思われます。公共の乗り物内の乗客は大きな声で話し、運転手は携帯をしながら運転をする。横断歩道の前では絶対に車は停まらないし、公務員(だけではないが)は休みのことだけを考えて自分の仕事はしない。警官は仕事中おしゃべりに夢中になりながらアルコールを飲んでいる。そしてみんな、道路がまるで大きなゴミ箱のように、平気でゴミを捨てる。
私たちは、そんなあなた達をいつも見ているのです。
[ 2008-10-23 (Thu) 23:52 ]  
   Category:日々の記事
例のテイクアウト寿司やさんへ、行ってきた。
たまたまお客さんもおらず、日本人板さんとゆっくり会話する。
やはり、お客さんは多い、という。

とりあえずおすすめを教えてもらい、量が半分も可能だとのことで、それをお願いした。厨房(オープン)の中心に置かれた桶から、すし飯をよそい、目の前で作られる。小さいテイクアウトに対して、大きな紙袋とスシキット(割り箸と試験管の形をした醤油)がもったいないなーと感じたけど、日本的だとも思った。もしかしたら、サービスだったのかもしれないけど。

値段は他店と比べると、テイクアウトだからか断然安い。いろいろと挑戦しがいがある。
コルソの帰りはお腹もすいているし、今度はカウンターで食べてもいいかな。

SOSUSHI--->>> HP
(ボローニャが本店のチェーン店)
[ 2008-10-17 (Fri) 14:00 ]  
   Category:日々の生活